2006年3〜4月 南米旅行記   このページは画像無しです。

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2006年4月20日(木)

ラパス


<ティワナク観光>


 ティワナクとコパカバーナ、太陽の島は同一地域にあってラパスか同じ道で行くのだけれど、両方を組み合わせたツアーがない。コパカバーナに泊まってティワナクと太陽の島を訪れたかったのだが、ティワナクはボリビアから日帰り(今日)太陽の島はコパカバーナに一泊して訪問(明日)。

 ティワナクの入園料は本当に80Bs要った。ラパスでツアー予約する時にそう聞いて、入園料無/昼食無50Bsのツアーではなく入園料込/昼食付150Bsのツアーにしたんだけど、本当かなって思ってた。この手の国では多いんだよね、嘘かまして高いツアー買わせるの。しかも、ティワナク来ると昼食は18Bsの定食しかない(スペイン語できりゃべつだろうけど)ので、お隣のツアーエージェントで入園料無/昼食無65Bsのツアーにした若いのは俺より13Bs損だ。……って195円だけどね。

 三段の凸記号(は二段だけど)は各段が上から天/コンドル(アライパチャ)、地/ピューマ(アカパチャ)、地下/魚(マンカパチャ)を表わす。

 七メーターのモノリスは神官だ。両手に何か持っている。(何だ?)顔には涙が印され、コンドル、太陽神が刻まれている。
 ティワナクの歴史は長い

  T〜U BC 1,500〜AD 45
  V〜W 〜AD 700
  X   〜AD 1,200

 チャチャプーマ(プーマ人)

 ティワナクには月/日といった双対のシンボルが見られる。
 ティワナクが二千七百年続いたのは、良く組織された専門家集団だったからだという。天文学も、一年が365.24日であると導く程優れていた。
 プトゥミ(PTUNI)?セメタリー(墓地)
赤い石は南東方向の山から、白(灰)の石はコパカバーナから運んだ。アカパナ・ピラミッド。アイマラ語で室を……(なんだっけ?忘れた。)中心に?の池があって空を映した。ヤカヤカ(鳥。石のウッドペッカー)……けたたましく鳴いて飛び去って行った。
 「立っている石の寺」?カラササーヤ。太陽の門の最下段に並んでいる模様は太陽。門は意外に小さい。見上げる程の巨大な門かと思っていたら、蹴ったら倒れそうなぐらい小さい。模様は五十二週を表わすとか(本当?)
 岩に開いた穴に耳を付けて聞くと遠くの声がラジオのように聞こえる。
 六月二十一日にここで集会が行われ、この穴から話すと拡声器になるという。
 昔、この辺りは湖で、港もあった。アカパナピラミッドは水位に応じて増設された。
 遺跡の向こうの山に向かって掘られた溝は、考古学者が当時の田を再現したもの。堀の間に芋虫型の田があった。(水田ではないようだ。)
 アカパナ:空、カラササーヤ:地、地下神殿:地下
 AD 1,200〜1,400 多数の国に分かれた。
 小さな壷や彫像は試作品。これを元に大きいものを作った。
 日常は素焼の器を使っていた。彩色器は祭祀用?
 ティワナクの巨石建築のブロックはH型に金属を流し込んで繋いだ。

 三千八百メーターを超えるとやはり駄目だ。どうやら風邪気味で寒くしんどかったのだが、昼食(スープ+メイン)きちんと食べて回復しかけたのだが、逆に腹にもたれて頭痛が酷くなった。ラパスの宿に戻って午後六時半ぐらいまで休んで何とか回復した。Isla de Sol は一日延ばす事にする。明日は計画と買い物に使い。二十二日か二十三日に行ってその次の日にBuenos Aires へ飛ぶ事にする。




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