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プンタ・アレーナスからウシュアイアへ
<プンタアレーナス発>
今日はプンタ・アレーナスを去ってフェゴ島(火の島)に渡り「世界の果て」(fin del mundo)を自称するウシュアイアまで移動する。マゼラン海峡を挟んでプンタ・アレーナスの対岸がフェゴ島なのだが、バスは一旦海峡沿いに170キロ北東に走り最狭部で初めて海峡を渡る。この辺りの主要都市はアルゼンチン側にあり、主要道もアルゼンチン側大西洋岸にあるためだろう。
……最果ての地に対する朧げな期待を抱きつつバス会社のオフィスへ。
なんだ?この装置
あれ、なんだ、この、タイヤについてる仕掛けは?車体からタイヤの真ん中にチューブが繋がってるぞ。
どうやら、走行中にタイヤのエアを補充する仕組みらしい。始めて見た。
プンタ・アレーナスを出ると、地形はすぐに荒涼とした極北の様相を見せる。草は丈が低く薄い。薄日の下、土の勝った土地が続く。低緯度地方に較べて羊一頭に必要な草地の面積は十数倍という。薄色の広大な草原の中に小さな白い固まりと化した羊が点在する。そして、駝鳥、馬、...
海沿いに小さな村落が現れた。地図によれば SanGregorious。廃村だろうか?岸に並行して朽ちた貨物船が二艘、前後に並んでいる。一艘は赤茶けたボロボロの骨組だけが残り、一艘は錆びているもののまだ船の形を止めている。岸辺から、カメラマンが一人、三脚を立てて朽ちた船を狙う。
11:05フェリー乗場着。バスごとフェリーに乗りマゼラン海峡を渡る。このフェリーはまるで上陸用舟艇だ。船着場には岸壁など無く、コンクリートの斜面が海へと降りているだけ。そこにフェリーがやって来て、斜路を下ろして車を乗船させる。船底を擦らないのだろうか?
船は南東方向の対岸ではなく東を向いて進む。かなり潮流がきついらしく、実際に動く方向は対岸、南東方向だ。
フェゴ島に渡って暫くすると道はダートになった。パタゴニアは、国道と都市部を除き、基本的には土の道だ。それでも皆飛ばす飛ばす。バスのフロント・グラス下部にはガード(金網)が付いているが、それでも至る所石礫による弾痕があり、長い罅が走っている。
今回は、旅の先々で国境付近がダートになっているのに何度も出逢った。これも戦時の進軍阻止用だろうか?安全な国々を旅している人は知らないと思うが、中南米、アジア、アラブ、アフリカといった国々では、道路が都市部に差し掛かる手前に高さ十数センチの盛上が有り、車両は最徐行して乗り越えて行く。戦時に軍隊を足止めして十字砲火を浴びせられる配慮だろう。
昨日が日曜で銀行が開いておらず、今日も早朝に出発したためアルゼンチン・ペソのないまま日暮にウシュアイアに付きそうだった。アルゼンチン側国境の建物内に観光案内所があったのでどこかで両替できないか聞いてみる。道の反対側のサービスで両替してくれるという。行ってみると店のニイチャンが現金をレジで交換してくれた。レートは市中と比べて2.3%低いだけ。まあまあだ。
道はまた舗装路に戻った。
最果てのリオ・グランデ……て、どこが?
リオ・グランデに近付いた。なんだ?普通の郊外住宅風になってきたぞ。えれえ「街」じゃん。全然「最果て」の雰囲気じゃない。カラフルな歩道、自動車ディーラー、レストラン、etc.... 日本の地方都市と全然変わらない。ついさっきまで何時間も最果ての牧草地の間を走ってたのに。
<リオ・グランデからウシュアイア>
不覚なことに眠りに落ちてしまう。しかし、日暮時辛うじて一瞬目を覚ます。──この広大な景観はどうだ!目の前には広く深い谷が落ち込み、断崖の縁をなぞるようにバスは下る。十数キロ先に対岸の断崖が立ち上がり、朱に染まる空を背景に峻険な峰が並ぶ。刻一刻と濃くなる夕闇の中、バスは坂道を下へと疾走するのだが、闇の訪れは遥かに早く、谷底の町は街灯を残して闇の中に隠れていく。それがどこであるか気付く前に再び眠りに落ち込み、次に気付くと、すぐにウシュアイアの町だ。
驚いた事に、ウシュアイアは、リオ・グランデさえ比較にならない程の観光都市だった。大きなスーパーが夜九時まで営業している。まるでスイスのようだ。まあ、街の作りは南米らしく雑ではある。建物の多くが常に作りかけのままでコンクリートの素肌や鉄筋を見せている。荒れた空地も多い。
ここはまだ観光シーズン中。山程人が居て、レストランには待ちまで出ている。最初に当たったホステルもフルだった。とっぷり日が暮れてから到着したというのに……。主から別のホステルを紹介され、若いのに付いて行く。えれえボロイ。入口ホールはガラス張りだけどドア開けっぱなし。受付らしき机はあるけど誰もいない。鍵を管理している様子もない。それなのにドミ(ドミトリー:大部屋)の部屋毎にキーが一つしかない。若いのは『明日スペアキーを作る』つってるけど。遅い時間だというのに客は軒並み起きてる。ギター弾いて歌ってる連中もいる。こういうところは、ヨーロッパでユース・ホステルやドミを渡り歩いてた昔々を思い出す。
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