2007年9月東北ツーリング

2007年9月18日(火)
小雨のち快晴、一部で俄か雨

乳頭温泉-秋田市
乳頭温泉−玉川ダム(往復)−田沢湖−仁賀保−秋田市

田沢湖高原から田沢湖


 明日朝早く秋田市からフェリーで戻るので、今晩は秋田市でビジネス・ホテル泊の予定。そうなると、秋田着は日が暮れてからで良い。
 悔しいので国道三四一号の通行止を確認に行く。確かに、電光掲示板には「玉川ダム上流 倒木全面通行止」とある。


一夜明けても341号線は未開通


 規制箇所入口に立ってるニイチャンに断って、通行止箇所を目指し三四一号線を北上する。
──が、少し走ってオドメーターが二百マイル越えた辺りで警告ランプ灯る!しまった!ガス欠近い!
ツーリングだと普通はもっと伸びるんだけど、昨日暴風雨のなか回転上げてかっ飛ばしたから燃費全然悪い。
これから燃費運転しても片道二十キロ以上走るとガソリン・スタンド(どこにあるだろ?)まで戻れないかも。
……二十キロ程度行ったらアキラメて戻る事にして、六十km/h定値走行+下り坂エンジンストップで走ろう。

 と、暫く走ると、──なんと懐かしい幻想的な谷間が現れた。
 大きな曲線を描いてゆるい坂を昇る国道の横、一面草地の広い河原の中を、向こうからこちら、こちらから向こうへと水を豊富に湛えて蛇行している。
河原には以前の川筋が窪地となって残っている。
雨上がりの水溜りもそこここにあるが、背の低い草が苔のごとくびっしりと水際まで河原を覆っている。
 そうか……
 ここだったのか。
 おまえだったんだ。
 この景色、スライドで何度も見ているのだが、撮影場所が分からなくなっていた。
恐らく、宮崎と高鍋の間の山間部だと思っていたのだが、実際は二〇〇一年九月に東北走りに来た時にこの景色見ていたのだ。
東京で今のバイクを入手してすぐ走り出した夏だ。
 えれえ懐かしい。こういうの嬉しいね。


幻想的な河原(玉川ダムまでの道西側)


幻想的な河原(玉川ダム沿いの道西側)


ムービー(マウスで丸いポッチを持ってスクロールしてください)
ちょい色褪せてて指まで写り込むけど

 超燃費走行して、それでも玉川ダムの上端までは行けず、つまり通行止まで行けずに戻ってきたら、田沢湖駅すぐの所に開いてるガソリンスタンド有。
オドメーター二二六.五マイルで給油十六.九リッター???
ガソリン警告は十六.一リッターで出るはずだぜ。
いくら超燃費走行つっても〇.八リッターで二六.五マイル(四二.六キロ)は走らねだろ。
五十.三km/L、てカブじゃねんだから!。
警告ランプ早過ぎ。通行止見損ねたじゃんか。

 最初、今日は近くの温泉に早めにチェックインして一日湯治かと思ったのだが、インドメタシン入湿布を背中に五枚貼ってると全然痛みが出ない。
今日一日しか東北に居ないとなると一日中湯治じゃ勿体無さ過ぎる。
かといって、この周辺は既に二〇〇一年、二〇〇三年、二〇〇六年に走ってて国道はもう飽きた。数時間で走れる位置に美味しそうな店を捜して、そこまで県道繋いで走るルートで行く。
(実際県道は信号無くて道良くて車少ないから早いんだよね。)

 前夜の宿、乳頭温泉黒湯は山小屋並でテレビも無かったので、実は昨日の暴風雨がどんなのだったか全然知らなかった。
昨日のページで秋田・岩手の詳しいニュース書いてるけど、それ知ったのは実は秋田でビジネス・ホテル入ってから。
この日の昼間は行く先々で増水や出水、洪水跡、通行止に逢っては「どこも凄い雨だったんだな」って思った。

増水した川


ムービー(PLAY!)



 昼食後、走り出そうとすると雲行きが怪しい。山の方は完全に雲に覆われて雨。北の方向にも雨雲。かろうじて南に晴れ間。雲は北西に動いている。
……で、一旦象潟の方へ南下しようとしたら、途中で南からも雨がやってきた。やれやれ。引き返してドライブインの屋根の下に避難。雨の通り過ぎるのを待つ。
 あまり遅くなるのも嫌なので、東の方、山手の雲が薄れてきた頃、その方向に出発。暫く山手を回って鳥海山の眺めなど楽しみながら、雲をやり過ごして北に向かう事にする。高台に登ると俄か雨の残る雲間から日本海に差す陽光が美しい。


俄か雨の雲間の陽光(飛島北の日本海)
   

鳥海山遠景



 日も暮れてから秋田市に入って川沿いに下り始めると、広い河原が完全に水没している。
恐らくグラウンドがあるようだが、まるで湖だ。
氾濫した川を撮るつもりで三脚をセットしたのだが、美しい湖の日暮れ風景になった。今回ただ一度の三脚使用だったが、持っていて良かった。


氾濫河川敷の日暮れ
(本来の川は左上の波立つ部分。大半の平穏な水面は水没河川敷)


 この先、所によって道路はおろか反対側の民家まで水没したと見える。いまだに水面が道路のすぐ際まで来ていて、路面や民家の庭先に乾いた泥が汚れを残していた。


 昔から不思議に思っていたのだけれど、角館から湯沢、山形から米沢へと続く本州中央部の平野は何なんだろう。五大陸中央部の平野に不思議はないが、何枚ものプレートに押し拉がれる日本列島でこれは不思議だ。
 「角館─湯沢」は雄物川を主とする川によるようにも見えるが、周囲の山々がさほど高くなく、堆積する程の土砂を運ぶようには見えない。日本海沿岸部に出る部分も広い(元)湿地と低山(数百メートル)に囲まれていて隘路ではない。つまり、かつて巨大な湖であったとは考え難い。太古には海だったのだろうか?
 一方、「山形─米沢」は最上川に閉じ込められた湖が最上峡で決壊して平野となったようだ。最上峡の最も険しい辺りは川面が標高百メートル以下で両側のピークが標高三百メートル超。米沢が標高二百メートル未満だけに、この位置にダムを築けば新庄市から米沢市まで楽々沈む巨大ダム湖ができる。